においの二次災害
前の記事の続きになりますが、
母がSuicaを取りに戻ってくれている間スープを飲みながら落ち着こうと、私はフードコートに入ります。しかしそこにはいたる所に「ここは食べる場所です。長居しないでください。」と注意書きが張ってありました。
・・・落ち着くのにもってこいな環境ではなかったと思います。
そんな中ですが、私は書きたくなったら書くノートを書き始めます。
先ほど起きた大変な出来事や、その日一日で感じた未処理のストレスを順番に書き出すと、
Suicaをなくすまでに9つ、なくしてことで新たに11感じていたことが分かりました。(算数の問題みたい)
とにかく、なくしたことであそこまで感情が不安定になったり傷つきやすくなったりしていたのには、もしかしたらそれまでの段階にもいくつかの過程があったからではないか、と私は推測しました。
書き出したことでスキル(DBT)が少し使いやすくなりました。(感情のメカニズム、行動連鎖分析など)
詳しいことは書きませんが、結果「なんでこんなつらいんだろう」「なんで自分はああなっちゃったんだろう」等のモヤモヤが、50%くらい晴れました。
普段、自分の安全地帯で生活しているときは、このような強い辛さは5〜6つ程度です。
ボクシングで言うなら、「ああこれはまじでヤバい。もうダメかも。」を5〜6ラウンド必死でやり抜く感じ。
なのでSuicaの一件で打ちのめされたのは、限度をこえて9ラウンドまで頑張り、10ラウンド目に強烈な一発、そしてそこから派生してさらにもう10ラウンド踏ん張ったようなものです。(またまた算数の問題)
気分は3分を過ぎたウルトラマン。
そんな中、ノートに書きたいことを続けて書いていると、
「ねぇねぇ、なんか、臭くない?」
「臭い!なんかオナラみたいなのさっきからずっと臭ってくるよね。」
「こっちの方から、ね。」
隣のテーブルの女子高生2人がしかめっ面で通路側をあおぎます。
実はその不思議な匂い、私も少しだけ気になっていました。でも硫黄臭っぽく、温泉っぽいということで私としてはオッケーだったのですが、2人は違ったようです。
何度か同じ会話が続きます。
「まだ臭うーヤダー。」
すると、おもむろに1人が身を乗り出して、もう1人の子に何やらヒソヒソと下敷きで口元を隠しながら話し始めます。今度は通路ではなく私の方を見ています。ヒソヒソした会話がしばし続きます。
フック・・・。アッパー・・・。ワンツーワンツー・・・。
私の中で「ここに居たくない」「ここは安全じゃない」「生きづらい」という信号が、ビービー鳴り出します。
というのも、私は、オナラ臭が自分のせいだと言われていると感じたのです。
そして「臭いのこいつじゃない?」「なんかキモくない?1人で何やってんの?」
そう言われているのだろう、と思い、恐くなったのです。
...これは私の考えですが、過去に起きた著しくつらい体験は、例え記憶が薄れても傷が癒えていないと、突然フラッシュバックしてしまうことがあると思います。
そのフラッシュバックが強烈なほど、自分の理性とは関係なく本能的に反応が起きることがあります。これは自分でも何度も体験していますが、いわゆる「闘争・逃避・凍結反応」です。
汗をかく、動悸がする、突然胸が痛くなる、息ができなくなる、などのパニック発作的なもの、条件反射的に行動を起こしてしまう(テーブルの下に隠れる、実際に猛ダッシュで逃げる等)、頭に激痛が走ったり、手足が震えだしたりするなどの身体的反応、はたまたその場で凍り付いてしまうなど、パターンは色々あると思います。私も毎回同じではありません。
この時の私は、泣きそうになり、息が苦しくなり、立ち上がってその場から逃げたくなり、同時に身体がすくんで立ち上がれませんでした。
なのでノートに実況中継(マインドフルネスでいうところの「観察する」「言葉にする・描写する」)を書き、とりあえず自分がとてもパニクっているということを味わうしかできませんでした。
式の解
しかしそうこうしていると、彼女たちは離れたところに席を移っていきました。一方、反対側の隣テーブルではは別の高校生が4人で2人席をシェアしていています。私は空いた隣に移り、自分の座っていたところをその高校生たちに譲りました。
すると「ありがとうございます」「うわめっちゃ優しい」と感謝してくれて、なんだか嬉しくなり、パニックの感情の嵐にクッション的役割を持ちました。(恥ずかしかったけど...笑)
そしてここで母が病院から戻ってきます。少し安心もして、さらなるクッションになりました。
2つのクッションがあったからか、少し頭の中の秩序が戻ってきて、自分が危うく、高校生恐怖症(勝手に命名)になりかけたことに気がつきます。しかし考え直したところ、問題の核心が、「女子高生」や「学生」という人種的なものではないのかもしれない、と気がつきます。つまり、彼女たちは「特定の行動」をとった人たちだけれど、問題はその特定の行動だったのではないか、と考えたのです。
これを「AがBだからCである」の式に当てはめて考えると、
前者は「女子高生が悪いから私はパニックしたのである」
後者は「コソコソ話が恐いから私はパニックしたのである」となります。
人種的なものか、行動的なものか、で、何がトラウマとしてストックされるかは変わってきます。
もし(環境的なもので)フードコートが悪いという式なら、恐怖症の対象はフードコートとしてストックされてしまいます。
式を立てるときには、具体的な事実が必要です。
コソコソ話が悪い、とすると、話の内容が悪いことだったとは限らないのと、そもそも内容が私とは関係なかったかもしれないので、「この式で良いのだろうか」というモヤモヤ感が残ります。一方「コソコソ話が恐い」と感じたのは自分なので、私が実際に、恐い、という感情を感じた以上それは事実になります。
つまり、
「コソコソ話が悪いから私はパニックしたのである」
→もし話の内容が私と関係なかったら?もし話の内容が悪口じゃなかったら?・・・事実か分からぬモヤモヤ感
「コソコソ話が恐いから私はパニックしたのである」
→私が恐いとか嫌だという感情を感じたのは事実
なお恐いと感じた理由も、どうやら過去の別のトラウマが原因らしいと気がつきました。
単に「なんだよ嫌だな」と不快に感じるのでなく、予想外の大きな反応が起きたのは、フラッシュバックによるものだったのかもしれません。あるいは過覚醒とも考えられます。
フラッシュバックや何かに対する過敏な反応は、本当は自分を「危険」から守るために働くシステムなのではないでしょうか。同じような苦痛・傷を繰り返さないように、脳が一生懸命自分を守ろうと強く信号を送ってしまうのかもしれません。つらいですよね。
でも、危険対象を過剰に攻撃したり、瞬時に湧いてくる強いエネルギーの波を自分を傷つけることに使ったりしてしまうと、本当の目的である「自分を守ること」から離れてしまいがちです。システムの本来の役割が守ることであるなら、そのシステムが生むエネルギーを、例えば危険に気づくこと(振り回されずに、感情調節とおなじく、波をなくすことではなくて、上手に波乗りできるようになることを目指したいです。
ストックをフェアにする
退院した次の日という、裸足で針山を歩くような状態で、限界をはるかに超えてリングに立ち続けられたのは、助けもあったからだと思います。母が時間と、エネルギーと、頭脳と、お財布を私を助けるために費やしてくれたのは、その大きな要素でした。ストレス・負荷・つらさ・トラウマは総計して24ほどになりましたが、助けもちゃんと3つありました。
現実を受け入れるときには、現実に対してフェアになることが避けられぬように思います。嫌な側面だけを見たり、”ポジティブ”な側面だけを見たりと、制限をかけるとどこかしらで足りないピースによるエラーが起きかねない。何があったかを振り返る。その時に「あれがこうだったから」や、「もしあの時こうだったら」という「主語の迷子」と「もしもワールド」に気をつけてみます。つまり、それを体験したのは私であり、それが起きたのは現実である、という姿勢になってみるということ。難しいです。しかも、ちょっとした嫌な現実を受け入れるのと、地獄のように苦しい体験を現実として受け入れるのとでは、大変さが違うと思います。ヤケクソに焦ってやろうとはしないでください。私も偉そうなこと言える立場ではありません。今回の体験を現実として受け入れるのと、記憶から抹殺しようとしている過去の体験を受け入れるのとでは全然違う気がしています。無理。安心できる人と環境があっても、超苦しい作業だと思います。このフードコートのこともすごく大変だったけど・・・。
長くなりましたが、①、②、と体験やそれの洞察を主に書いてきました。次回③からは、トラウマに関するゆきこの伝えたいことを書こうと思っています。当事者としての立場から、伝えたいなと思うことを一意見として伝えられたら良いなと思います。ここまで読んでくれてありがとうございます。