私は海外ドラマが大好きで、最近『グレイズ・アナトミー』を(久しぶりに)見始めました。このドラマはメロドラマ兼医療ドラマで、私が入院してきた限りでは「病院じゃそんなメロドラマ起きないでしょ〜」と突っ込みたくなるほど恋愛と感傷を上手な脚本で描くドラマです。そんなドラマですが、時々ストーリーの中に真面目なメッセージを含めたりすることがあります。考えさせられるような台詞を言うこともあります。いわゆる女子のハートをくすぐるウフウフ系なドラマではなく、もう少し奥行き深さと重力もあるドラマ、と言ったところでしょうか。えっと、もちろんウフウフする要素もありますが・・・。
大丈夫、ドラマの紹介をしたいわけではありません。笑
今、シーズン6を見ているのですが、今までに何度か依存症に関係したエピソードがありました。登場人物の1人にアルコール依存の過去がある人もいますし、アルコール依存になった人も、治療する人もでてきます。依存症がアルコールだけでなく描かれることもありました。
最近登場人物のひとりが依存症を再発し、ふと考えさせられました。「再発しちゃった」と。頑張って治療したのに再発しちゃったんだな、と思うと例え脚本家によるフィクションと知ってても私の中に「悲しい」という気持ちが湧きました。入院していた病院の心理教育で、依存症には再発する危険性が高くある、と習いました。たかがドラマ、されどドラマで、再発を目の当たりにし「不安」が芽生えたのを無視できませんでした。
今、私が「治りたい」「良くなりたい」「改善したい」と思っても、また耐えきれないくらいのつらさでまた繰り返したら、パーじゃん最悪じゃん、と思ったのです。だったら何で今頑張ろうとするんだろう、と。
戻ってきちゃった吉田さん
少し話が変わりますが、この前の入院のとき、戻ってきちゃった私をナースが誰ひとり責めませんでした。最初の一週間は入院したことがよくわからないくらい解離していたけれど(自分で入院したのに)、とにかく自分では「戻ってきちゃった」を頭の中でエコーしていました。
きっと自分が恥ずかしかったし、大好きな、お世話になったナースに申し訳なかったし、責める気持ちが6月の雨みたいに降り注いでいました。
でも5日目の検温のときに、その日担当だったナースに大事なことを言われました。
「今回の入院を、したからといって後退したわけじゃない」「吉田さんの回復のための大事なステップ」
これは、とても大事だと感じて部屋に戻ってから書きたくなったら書くノートにメモりました。それだけじゃなくて、「前よりもたくさん自分のこと気がつけるようになったね」と言われて、すごく嬉しかったのも覚えています。2年近く通ったDBTのスキルアップグループが、白紙になっちゃったわけじゃないんだと思いました。
入院は私にとって後退でした。いや、それまで数々の人に「元気そうで良かった」「早く元気になってね」などの言葉をかけられるたびに、少しずつ後退していた気がします。良くなろうって思っていたからこそ、後退が地獄でした。元気じゃないのに元気って言われるから元気に見えなければいい、と思って食べたくないままに痩せていく方が簡単な時期もありました。まったく気遣わないで病気のボロボロなところをひけらかして、怒りのままに振る舞いたい日も度々ありました。目の前で首の頸動脈切ってやりたいって思うくらい、向かい風を吹かす人たちに腹を立てていました。
でも、どれもしませんでした。
だって、後退じゃなかった。思い描いていた順調なリカバリーとはかけ離れていたけれど、横道それまくりの傷だらけでも、何もかもパーではないんだーと教えられました。「やってやろうじゃん」って思うままに振る舞わなかった。そのせいできっとボロボロにはなったけど、病院に戻ってきたらそれを誰も「後退」とは見ていなかった。それが深く嬉しかったのだと思います。
ふと書きながら思ったのは、依存症だって、きっと回復が簡単じゃないかもということです。周囲からの余計な力とか、自分の思うようにいかないこととか、向かい風が吹くことが十分ありえると思いました。
志気を下げたくて言っているわけじゃありません。もし回復が簡単じゃなくても、コンパスが回復に向きながら大海原を旅しているなら、航路どおりに行けず逸れまくっても絶望的ではないのかもということです。
私が自分の頼りない船に積んでいる病気は、一筋縄じゃいかないし、色々なものが混じり合っているし、一つ治療しても他にボンと出てくるくらいもぐらたたき式だけれど、『オデッセイ』でマット・デイモンの役(マーク・ワトニー)が言っていたみたいに、「一つ問題を解決したら次の問題にうつる。ひとつずつ解決して十分な問題を解決すれば、地球に帰れる」と言っていたのと似ています。彼は、ひん死状態で火星にひとりぼっちで取り残されて、生きるのにはかなり絶望的と言える状況にいました。私の場合は地球(home)が「回復」なわけですが、そんな マーク・ワトニーを見て、少し絶望感が和らぎました。
”科学でクソ踏ん張ってやり抜かないとだ”
御茶の子さいさいってわけにはいかない
今回の記事を終える前に、グレイズアナトミーのあるエピソードで語られた依存症についての台詞を一部紹介させてください。私がちょっと感心して書きたくなったら書くノートにメモったものです。訳はゆきこ訳なのでそこんとこご了承ください。
"In the hospital, we see addiction every day. It's shocking, how many kinds of addiction exist. It would be too easy if it was just drugs and booze and cigarettes. I think the hardest part of kicking a habit is wanting to kick it. I mean, we get addicted for a reason, right? Often, too often, things that start out as just a normal part of your life at some point cross the line to obsessive, compulsive, out of control. It's the high we're chasing, the high that makes everything else fade away."
病院では、毎日のように依存症をみる。そのあまり種類の多さには驚かされる。もしドラッグとお酒とタバコだけだったら幾分単純なのにね。私が思うに習慣を断つのに一番難しいのって、断つことを望むことだと思う。だって、そもそも依存症になっちゃったのにはそれなりのワケがあるじゃない?危機感を持つべきであるくらいの頻度で、最初はいつもの日常の延長線上で始まったものが、どこか線をこえて強迫的なものになり、逆らえぬ衝動となり、コントロールが利かなくなる。求めているのは高揚感で、その高揚感は他のぜんぶを消してくれる。
"The thing about addiction is, it never ends well. Because eventually, whatever it is that was getting us high, stops feeling good, and starts to hurt. Still, they say you don't kick the habit until you hit rock bottom. But how do you know when you are there? Because no matter how badly a thing is hurting us, sometimes, letting it go hurts even worse."
依存症には、良い終わりってものがない。はじめは高揚させてくれてたものが、やがて気持ちよくなくなって、ついには苦痛になる。よくどん底を味わわなければ習慣は断てないと言うけれど、どうやったらどん底まで落ちたって分かるの?だってどんなにズタボロに苦しめられているとしても、それを手放すことの方が、時にはもっと痛くて苦しい。
えーっと、ナゾナゾみたいに分かりにくい文章かもしれませんが、私は「そうなんだよなぁ」と感じるものがありました。
(ドラッグとお酒とタバコだけになっても私は「単純」になるとは思わないけど...汗)
入院していた病院の心理教育でも、依存症はまず自覚して、認めることが治療の一歩と習いました。「なんとかしなきゃ」って思って、「絶対にやめないといけない」と確固たる意志を持つことから、始まるそうです。「断つことを望む」には、きっと断たないといけない理由とか、今感じている苦痛とグチャグチャに向き合わないといけないかもしれません。DBT的な言い方をすると、断つことに自分で心から賛成する(ウィリングになる)、とも言い換えられそうです。もし断ちたくない気持ち(ウィルフルネス)が少しでもあるなら、その気持ちを認めてあげるとこから始まってもいいかもしれません。絶対断つぞって思えるまでやめなくていいや、って言いたいところだけれど、それは「苦しくないから大丈夫だもん」というより、手放すことができないくらい苦しいからかもしれない。意志を持つって、難しいです。
うん、難しいなぁ。
次回の③ではその難さありきの、周りのサポートの大切さなどをゆきこなりに書かせてもらいたいと思います。え、無理やり終わった感?笑
この記事書くのにも丸一日かかっちゃったので、区切るのも大事にしたいと思います。
ここまで読んでくださってありがとうございます。